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2008年6月 1日 (日)

夢の果てに

夢の果てに
夢の果てに
夢の果てに
夢の果てに
その頂きは遥か遠くにある。想像を超えた先にある。自
分があそこまで辿り着けるわけがないと思う。あの頂き
に立てるはずがないと思う。「絶対無理だ」と思った瞬
間、「ロマン」という名の一陣の風が身体を吹き抜ける。
それは心の真ん中で美しく響きわたる。何かが変わる。
そして夢見てしまう、自分が紺碧の空を背にあの頂きに
立っている姿を。想像してしまう、世界の向こう側が見
えるあの頂からの風景を。そうして抑えきれない衝動を
抱え込む。それは胸のときめきと言ってもいい。自分を
信じて、全てを懸けて挑もうと決意する。同志と共に。
目の前に立ちはだかる壁は数も大きさも半端じゃない。
極度の寒さも乾燥も、空気の薄さも雪崩の恐怖も、非日
常的な脅威が意志をつまみとろうとする。歯を食いしば
り、必死に耐える。そんな中で奇跡の存在を信じざるを
得ない大自然の優美を目の当たりにする。自分と仲間を
信じる力を再び得て、共にさらなる高みを目指す。文字
通り全身全霊で立ち向かう。そして全てが終わった時、
お互いに手に手を取り合い、微笑み合う、抱きしめ合う。
自分にも相手にも同じあたたかい血が流れている事に気
づき、無性に嬉しくなる。無性に泣きたくなる。そして
最初にそれぞれが持っていた胸のときめきが、やがてそ
れぞれの人生の煌めきに変わる瞬間が訪れる。そこに至
る過程にこそ、まさにその過程にこそ、僕たちは山に登
る意味を見出そうとしているのかもしれない。そして贅
沢を許されるならば、家族や友人、身近な大切な人にだ
けにでもいいから「よく頑張ったね。お疲れ様」最後に
そんな労いの言葉を頂けるものならば、それこそもうそ
れ以上のものはもう何も望まない・・・。

このブログもついに最終回です。
今までたくさんの応援のメッセージ本当に本当にありが
とうございました!
全員が元気に日本に帰ることが皆様へのせめてもの恩返
しであると勝手に考えています。僕自身もっともっと経
験を積んで、精進しなければなりませんが、いつかまた
お会いできれば嬉しく思います。
ご協力下さった全ての方々に心から感謝申し上げます。
そして幸あることを
お祈りしています。
それではさようなら。いつかまた会うその日まで。

加藤慶信

とにもかくにも全員無事帰ってこられて何よりでした!
自分自身もアイランドピークに登らせてもらえてよかっ
たです。
志賀

ご参加のご家族の皆さま、ご関係者各位、友人、知人の
皆様、ご心配おかけしましたが、皆さまの声援で、無事、
エヴェレストガイド登山を終えることができました。本
当にありがとうございました。また、日本のどこかの山
でお会いしましたら、お声をかけてください。
角谷道弘

皆様、今日まで暖かいご声援本当にありがとうございました。

志賀ドクター、加藤を除く本隊6名は本日カトマンズを離れます。

振り返ると、オリンピックイヤーであるため有利と考え実施を試みた本登山隊でしたが、ここまでとは予想もしなかった中国の情勢により、大きな影響を受ける結果となってしまいました。本隊の皆様には出発の間際に南側転進をご了解頂き、何とか登山隊実施に漕ぎ付けたものの、ノースコル隊はアイランドピークに目標を変えざるを得ませんでした。そして支援隊には多くの皆様にお申し込み頂いたにもかかわらず,それに代わる充分な代替案をお示しすることができず、結果催行できなくなってしまいました。皆様にはご迷惑をおかけし心よりお詫び申し上げます。

幸い登山そのものは、アイランドピーク隊は全員が登頂、エベレストも60歳代の2名の方が登頂され一定の成果を挙げることができました。全員無事元気で帰国の途に着く運びとなり今はほっとしているというのが正直なところです。

ところで、他国で登山をさせていただく身としては今回のことは致し方なく、乗りこえるほかなかったのですが、一息ついてつくづく考えることがあります。それは中国聖火隊の主力を担ったであろうチベット人隊員たちはどのような気持ちで頂上を目指したのだろうかということです。88年チョモランマ、91,92年ナムチャバルワ、99年リャンカンカンリ登山で苦労を共にし彼らを知るものとしては、一つの使命を終えて彼らが何を想い、どのような日常を送っているのかが気になって仕方がありません。それに比べ我々は今思えば自由で、いろいろな制約を受けたとはいえ、ご参加の皆様のご協力と、ネパール人スタッフの文字どうり渾身のサポートを受け、ほぼ予定通り登山を行えたことはありがたいことだと思っています。ただチベット人隊員の胸中を勝手に想像するにあたって、自分としては複雑な心境であることも偽ざるところです。

皆様のコメントでは私たちが出発したときから一つ季節が進み日本は梅雨間近との事ですね。こちらネパールもモンスーンが近づいてきているようです。何かと体調を崩しやすい季節でもあります。どうか皆様お元気でそれぞれの山登りに気をつけて向かわれますよう願っております。またどこかでお会いできますように。

あまりにとりとめのない文章になりましたが、本登山隊のブログはこれでおしまいです。改めて本当にありがとうございました。

山本篤

2008年5月31日 (土)

カトマンズ!

カトマンズ!
カトマンズ!
カトマンズ!
カトマンズ!
カトマンズ!
写真上から
一枚目 可憐な高山植物
二枚目 シャンボチェに到着でキャラバン終了。あーも
う歩かなくていい!
三枚目 このヘリで帰りました。
四枚目 ヘリから下りてグッタリ。倒れこんでいるのは
ヘリ酔いした山本隊長
五枚目 お肉が焼けるのをじっと待つ舟橋さん

皆様ナマステ!
昨日は更新できなくて申し訳ありません。
ちょっとメールの調子が悪くて。少しでもトラブルがあ
ると僕では全く対応できません。そんな時は衛星電話で
留守本部に連絡して「お願いします!」の一言で見事に
復活するという仕組みです。貫田さんいつもありがとう
ございます!

今日のブログはいろいろ事情があってとても長いです。
覚悟してください。

さて、そして今日シャンボチェ(3700m)からロシ
アンヘリに乗って、ついに文明都市カトマンズに無事全
員戻ってきました。ただ人間20名と荷物満載でヘリの
中は東京の通勤電車並み、いやそれ以上のぎゅうぎゅう
詰めで、かなりつらい40分の飛行となりました。数人
がヘリから降りた瞬間へたりこんでしまう始末。とにか
く落ちなくて良かったです・・・。

早速五つ星ホテルにチェックインして一ヶ月の溜まった
垢を洗い流してスッキリ。
皆さん鏡で見た身体が自分のものとは思えないほどやせ
細っていてビックリされたみたいです。藤森さんは10
kgは痩せたとおっしゃっていました。そう、ヒマラヤ
登山はダイエットには最適(?)なのです。「Theヒマ
ラヤンブートキャンプ」です。

夕食はホテルの日替わりバイキングに臨みました。本日
は「モンゴリアン料理」でしたので、ビーフ以外の肉を
タラフク堪能しました。増田さんはお酒もいっぱい飲ん
でましたが、食欲も尋常じゃありませんでした。松浦さ
んは汗をダラダラ流しながらお肉をほおばっていました。
みんなわずか一時間で限界に達しました。あー幸せ。
明日は牛肉に挑みます!

もう最後が近いこのナマステ日記。今日はお客様4名の
ラストメッセージをお届けいたします。

舟橋栄子さん

「公募隊にも色色あります。然し三人三様のガイドは良

チイムでした。もしも次の
機会がありましたら応募したい個性あふれるグループで
す。今回は登頂はかないませんでしたがエイコプロビデ
オ作品は三本できそうです。一本は頂上へ、一本は三浦
雄一郎さんらとの出会い、あと一本はエベレストマラソ
ンソンです。みなさまの応援ありがとうござました。ロー
ツエフェイスのロープ上で再会を約束した日本の若者に
は次回は頂上でお会いしたいものです。」舟橋栄子

藤森幹仁さん

「ご声援頂いた皆様ありがとうございました。山本隊長、
角谷さん、志賀先生、加藤さん、そしてシェルパの皆さ
ん、キッチンスタッフの皆さん、ウエック・トレックさ
んコスモトレックさん等々何と多くの方にお力を頂いた
ことか!感謝感激です。
今シャンボチェのロッジで昼の陽を浴びて、満足した一
時を過ごしながら帰りのヘリを待っています。ご協力頂
いた皆様本当にありがとうございました。」

松浦利昭さん

「登山中は天気に恵まれたこと、家族の支えや健康な体
があってこそ無事下山できたことと感謝しております。
また全員が何事もなく行動を終えたことに乾杯です」

増田義人さん

「関係者の方々の多大なご支援とご声援頂き無事下山で
きました。永年の夢を実現できました。感謝感激です。」

ここからはちょっと長いのであしからず。

[考察その壱]

今回ご一緒させて頂いたお客様は皆さん僕の両親と同じ
かそれ以上の60歳台の方々です。僕は今回の登山中で何
度もお客様の行動「力」に驚かされました。皆さん共に
戦中戦後の厳しい時代にお生まれになって、仕事に、家
族を守ることに明け暮れ、平和で豊かな時代に生まれ育っ
た僕には想像もできないような、まさに激動の時代を全
力で駆け抜けてこられたであろう方々です。今の歳になっ
て、もっと穏やかな生き方を選択しても誰にも後ろ指を
差されることのない方々です。なぜ、苦難の挑戦を選択
されたのか?人は歳を経るにつれて、自己防衛本能の一
種で闘争心を抑制されるようになっていると聞いたこと
があります。それでもなぜ、エベレストを目指したのか?
僕は山の中でずっと考えていました。32歳の僕が教え
られるべき大切な事が必ずあると思ったからです。それ
ほどまでに4名の方々があの高みで見せてくれた奮闘は
感動を与えてくれたのです。それは現在の世界の登山の
レベルの中でどうとかという問題ではなく、「人間の可
能性」について思いを馳せる機会を与えてくれたといっ
ても
過言ではないと思います。これは誰がなんと言っても僕
が8000の世界でこの生身の体でそう感じたのです。
町の中にいては絶対知ることのできない何かを僕は雪と
氷の世界で教えて頂きました。
「私は思い出より憧れの方が好きだ」これはフランスの
有名な登山家ガストン・レビュファが登り盛りの頃に発
した言葉です。
今回参加されたお客様は60歳台になってなおこの言葉
を発せられるような行動を示された方々だと思います。
すいません。考察でも何でもなく、なんか若輩者の僕が
何を言っているんだという感じですが、とにかくこの一
ヶ月間僕はこの方々と同じ時間を過ごせたことに心から
感謝しています。

[考察その弐]〜エベレストアタックの時間帯について〜

僕たちは今回7950mの最終キャンプから8848m
の頂上を目指すのに、午前二時に出発しました。これは
ここ10年のエベレストアタック出発時間としてはかな
り異例の時間です。どう異例なのか?とても遅い出発な
のです。そう、午前二時でも「遅い」のです。では現在
のエベレストアタック出発時間は何時ぐらいなのか?
早い隊で前の日の午後7時。前の日の午後八時半〜九時
半ぐらいの出発が最も多く、遅くても午後11時ぐらい
だと思います。なぜこんな夜中にこんなに早く出発する
のか?元々はこんなに早く出発してはいませんでした。
午前二時でも早いくらいです。

一つ目の原因は南側にしろ北側にしろ現在のエベレスト
の春のノーマルルートにはたくさんの登山者が殺到する
ことにより、アタック時も渋滞が起こり、その為通常よ
りも時間がかかる。それを見越して早めに最終キャンプ
を出発する。
二つ目の原因は、公募隊の功罪とも言えるかもしれませ
んが、歩くペースが遅い登山者の登頂確率を上げるため、
早めに最終キャンプを出発する。
三つ目の原因として、午後天気が悪くなる事があるので、
朝の早い時間に登頂してできるだけ早めに下山できるよ
うに、早めに最終キャンプを出発する。

早く出発する現状になったのは、以上のような要因が重
なった為と思われますが、それにしても最初は午前四時
出発を午前二時にして、さらに午前零時にしてぐらいだっ
たのが、年々エスカレートして、ついには前日の7時に
出発するというような事態を招きました。渋滞して時間
がかかるんだからしょうがない、一流登山家のようなス
ピードがあるわけじゃないからしょうがないと、この現
状に異を唱える人はほとんどいなかったと思われます。

今回僕たちがアタックの作戦を考えたとき、山本隊長は
最初の段階から、前日の七時、八時に出発するなんて普
通じゃない、ナンセンスだと、あまりにも早い時間の出
発に異を唱えました。
理由は以下の通り
1,一日の一番寒い時間帯に長く登るのはストレスが多
すぎ、消耗度も高くなり、凍傷の危険も著しく高くなる。
2.暗闇の中で長く登るというのは、ストレスが多く、
無駄な力を使うので、消耗度が高くなる。
3.登行中ほとんど景色も見えないということは、モチ
ベーションも上げにくい。

最終アタックはいかにストレスを少なくして、効率的に
行動するかが重要だという信念の下、山本隊長は登り1
2時間、下り6時間と計算して、午前二時に出発して午
後二時までに登頂。明るい午後八時までに最終キャンプ
に戻る。というアタック計画をたてました。

・結果
予定通り午前二時に出発し、8200m地点ではライト
を外し、8500mからは陽の光を浴びて、ポカポカの
中を登行。午後一時十分に登頂し、下り4時間で午後五
時半に最終キャンプに戻る。
これだけスピーディーに行動できたのは、お客様の頑張
りがあったことは言うまでもないが、明るく暖かい中歩
いたことにより、余計な消耗を防いだことは大きな要因
であるし、他の隊と大きく時間がズレていたことにより、
エベレスト名物の渋滞にほとんどかかることがなかった
ことも大きな要因の一つだろう。実際南峰から先は全く
他の登山者はいなく、頂上は僕たちの独占状態であった。
さらに頂上からの900mの下山でも全く人に合わず、
自分達だけの登山(下降)に集中できまた。

もちろんこの計画は「24日一日大きく天気が崩れるこ
とはない。」というメテオテック・ラボ社の抜群に精度
の高い信頼のおける気象予報が後ろ盾にあったことは明
記しなければなりません。

登山には基本的にルールがない。どんな方法で登っても
自由です。ただし周りの大多数の登山者に惑わされて本
質と自分達の信念を見失ってはならない。というのが今
回の登山の教訓の一つだったように思えます。

以上とてもとても長くなりました。最後まで読んで頂い
た方ありがとうございます。
このブログの私物化は最悪ですが、どうしても書いてお
きたかったのです。

そして、一ヶ月まえから本格的に始まったこのブログも
次の更新が最終回になります。
マナスルブログの時もそうでしたが、やっぱり寂しいで
す。

あたたかく見守って頂きました読者の方々のお陰で、な
んとかここまでこれました。
本当にありがとうございました。

なんか今回で終わりみたいになってきてしまいました。
後一回続きます。最後までどうぞ宜しくお願い致します。

加藤ヨシノルブ

2008年5月29日 (木)

BC撤収

BC撤収
BC撤収
BC撤収
写真上から
一枚目 BC撤収
二枚目 消え行くエベレストを目に焼き付ける
三枚目 下り快調に飛ばした松浦さん。ビールが旨い

皆様ナマステ!

今日26日間程滞在したBCを撤収しました。

それぞれがそれぞれの想いをここに残し、帰るべき場所
に帰る為の
行進を始めました。

「ありがとう!」

登山が無事終わった後のキャラバンは緊張感や不安から
解放されているので、周りの景色を眺めながら楽しく進
みます。

空気もどんどん濃くなるので、身体も段々軽くなるよう
な感覚になります。

今日の下りは松浦さんが一番快調でした。

目的地のぺリチェ(4200m)に近づくと、緑と小鳥
のさえずり、かわいらしい紫の高山植物が僕たちを迎え
てくれました。人間の世界に戻ってきたことを実感させ
てくれます。

今まではマイラさんの美味しい料理を堪能してきました
が、今晩からはロッジの食事です。

以下皆さんの選んだメニューです。
松浦さん スパゲッティーカルボナーラ
藤森さん 野菜モモ
舟橋さん スパゲッティーカルボナーラ
増田さん ミックスピザ
志賀ドクター 野菜モモ、フライドポテト
角谷ガイド スパゲッティートマトソース、野菜モモ、
フライドポテト
山本隊長 お腹不調の為、紅茶
加藤 スパゲッティーカルボナーラ、野菜モモ

とりあえずカトマンズに戻ったら焼肉を食べに行くこと
になっています。楽しみ〜。

明日はシャンボチェまで移動します。やっと日本人にも
馴染みの高さまで下がります。
そして明後日(30日)ヘリコプターでカトマンズに戻
り、志賀ドクターと加藤以外の6名は、6月2日の早朝に
帰国する予定です。
詳細についてはまた改めてご連絡させて頂きます。

加藤
 

2008年5月27日 (火)

アタックその2

アタックその2
アタックその2
アタックその2
アタックその2
アタックその2
アタックその2
アタックその2
アタックその2
皆様ナマステ!

昨日の更新遅れて本当に申し訳あいませんでした。全員
のBC下山を少しでも早くご家族やご友人の皆様にお伝
えしなければならない立場にありながら、サボってしま
いました。反省しています。

昨晩はおかげさまで快眠させて頂きました。いい夢見ら
れました。
明日の命の危険を特別に考えずに床につく幸せ。
朝起きると、雲一つない良い天気。改めてその山を見上
げる。
最初はその山は、僕たちを拒絶するような圧迫感を感じ
させました。それが全てが終わった時、不思議とその山
は僕たちを優しさで包み込み、微笑んでくれるような気
がします。
「また来てね!」とささやいてくる。
「またいつか来るから、宜しく。」と再会を約束する。

今日最後の荷物を下ろす為に、カミ・ギャルツェン・シェ
ルパが5時にBCを出発し、C1に向かい、
11時半に無事に下山しました。
これで、今回の登山活動全てが終了いたしました。
日本人8名、ネパール人12名、
計20名全員無事。
みなさん清清しい表情。
登山で大切な事は、全力を尽くすこと。元気に下山する
こと。
僕は諸先輩からそう教えられました。
気分は最高!としか言えません。

志賀ドクターからの禁酒解除宣言
があり、特に増田さんは嬉しそうに昼間から焼酎を嗜ん
でいます。
僕はあんなに美味しそにお酒を飲む人の姿を他に見たこ
とがありません。有名人を起用してどんなにお金をかけ
たCMよりも説得力があります。
帰国後のご家族が企画されている
パーティーを楽しみにしているようですよ。

また今日は大変お世話になったネパール人に各自プレゼ
ント出来る登山装備を出し、くじを引いてもらって順番
に選んでもらいました。せめてもの感謝の気持ちです。
命をかけて僕たちを守ってくれた
彼らとその家族に乾杯!!

さて、お待たせ致しました。アタック記の続きをお送り
致します。

アタック その2 

byヨシノルブに無理やり書かされたかどや

バルコニーは、標高約8500m。その名のとおり10畳ぐらいの平坦なコルで安全で抜群の展望だ。残念ながらチベット側の標高の低い所は雲海の中である。マカルーを見ながらゼリードリンクを飲もうとするが凍ってまだ飲めない。お湯とパワージェルを流し込み、少しの休憩の後、再び登り続ける。青空の下、真っ白い雪稜が、南峰まで見えている。

細いフィックスロープが延々と続いている。最初は緩やかだが、登るにつれ傾斜が増してくる。いまにも切れそうな細い(6から7ミリ程度)ロープは大丈夫だろうか。しかし、傾斜が増しユマールを引く手に力が入る。一歩歩いて5回呼吸、また重い足を引き上げる。意識しないのに、頭の中に色んなことが思い浮かぶ。まるで夢の中にいるようだ。しかし白昼夢からすぐ現実に引き戻され、荒い呼吸を続け、ユマールを引き上げる。意思に関係なく、自分の身体が動き続ける。雪にはアイゼンがうまく刺さるが、雪まじりの岩稜は特に息が上がる。ロープにぶら下がり、荒い呼吸をするのみだ。お客さんも驚異的な粘りでついてきてくれる。ゴーグル、マスクをしているので表情は見えないが、動作から苦しいのは明白だ。ここまで来ると、根性しかない。

時間の概念が無くなったころ最後に急な雪稜を超え、4畳半ぐらいの南峰に到着。8750mだ。あと標高差100m!時刻は、午前11時すぎだ。山本ガイドからの無線で、少し下って、怖い稜線を少し行くと、名高いヒラリーステップがあり、そこを超えればすぐ頂上との情報が入る。少し元気が出て下り始める。今まで機械のように登り続けてきたので、下りの動きがぎこちない。左は南壁で切れ落ち、岩で、右のチベット側は、雪の雪庇となっている。幸いなことに、白いガスで何も見えないので、恐怖感は少ない。

岩と雪の間を縫うようにして、フィックスロープは続いている。30分もかからず細い岩稜は終わり、ヒラリーステップとなる。すだれのように古いロープが数十本も垂れている。雪と氷が階段状に残っており、想像していたよりは、ずっと簡単だ。念のため持参ロープをつなぎ安全を期して進む。あとは、すぐ頂上だ。しかし、行けども行けども何もない。ロープは相変わらず続いている。山本ガイドが登ったのは19年前なので、記憶が薄れていたのか?

さらに、いくつかピークを過ぎ、1時間近く歩いて、ついにフィックスロープの終わりが見えた。ガスの向こうに、タルチョが幾重にも巻かれ、写真や記念物が置かれた測量台らしきものが見えた。午後110分、ついにエヴェレスト山頂に着いた。

BCの志賀ドクターに無線を入れ、お客さんと抱き合って、シェルパと握手するが、内心は全く喜びは無かった。まだ半分だ。疲労を考えればまだ生還まで残りの行動は7割以上残っていると考えるべきだ。頭の中は、下降への不安、お客さんはかなり疲れている。特に南峰までの、岩まじりの細い頂上稜線は不安が残る。シェルパも何か感じているようで、登りでは一切口出ししなかったが、早く下山を促してくる。幸い、酸素ボンベの残量はお客さんは3リットル吸ってもらっても充分だ。重いスペアボンベを担ぎ上げてくれたシェルパ2名に感謝。写真を数枚撮って、加藤に頂上の石を頼んですぐ下山にかかる。下山は身体がウソのように軽い。思った以上のペースだ。お客さんのどこにこんな力が残っていたのだろう。嬉しい誤算に心が軽くなる。

ヒラリーステップを下り、痩せた岩稜を順調に戻り南峰到着。14時半。ガスが晴れ、頂上がよく見える。少し残念だが、それは欲張りすぎだろう。フィックスロープを掴んで次々に安全確保のカラビナを架け替え、バルコニーまでは、あっという間だった。南峰到着以降、もちろん頂上往も、エヴェレストは私たちの貸切りで、他の人影は見えない。時間差作戦は大成功であった。

小休止でみんな座り込んで景色を眺める。次に立ち上がるのに、体中の力と強い意思が必要になっている。疲れた身体に鞭打ってさらに下り始める。登りは暗かったのでよく分からなかったが、C4からバルコニーまではほぼまっすぐ直登、標高差500m、よく登ったものだと感心しながら下り続ける。小一時間で、サウスコルが近づいてくる。黄色いテントや人影が、暖かそうな夕日に輝いている。昨日到着したときは、生存を否定するようなサウスコルであったが、今は生存の喜びに満ち溢れて見える。ついに平坦地となりフィックスロープからカラビナを外す。小さな岩の上に座りアイゼンを外す。藤森さんのアイゼンを外し、ボーっと放心して座っていると、サーダーが、黙って2人分のアイゼンを持ってテントに歩いて行った。ありがとう、サーダーと、私も心のなかでつぶやいた。そして歩き続けてくれたお二人のお客さんにただただ感謝し、長い1日が無事終わった。

明日このBCを撤収致します。
いろんなものを僕たちに教えてくれたエベレストといよ
いよお別れです。

5月30日にカトマンズに戻ります。
BC最後の夜をこれからお酒と一緒に楽しみます!

加藤ヨシノルブ

今日の写真
上から
一枚目 マカルーをバックに8500mを登行中の増田
さん

二枚目 南峰で休憩中の藤森さん

三枚目 頂上の増田さん(左)と藤森さん(右)残念な
がらガスの中

四枚目 頂上の角谷ガイドとシェルパ

五枚目 頂上をバックに下降中の増田さん(8750m
付近)

六枚目 8750m付近でロープを結び合い下降中の角
谷ガイド(左)と藤森さん(右)

七枚目 ローツェ(8516m)を見下ろしながら下降
中の角谷ガイドと藤森さん

八枚目 最終キャンプまでもう少し。あー疲れたー

BCに無事下山!

BCに無事下山!
BCに無事下山!
BCに無事下山!
BCに無事下山!
BCに無事下山!
皆様ナマステ!
加藤ヨシノルブです。
更新遅くなり申し訳ありません。
本日全員が無事BCに下山しました!志賀ドクターからの
ご報告にあったように、昨日角谷ガイドと藤森さん、
増田さんはC4のサウスコルから一気にBCまで下山しまし
た。
世界最高峰に立った屈強なお二人も流石に最後はヘロヘ
ロで、結局BC到着は夜の10時半でした。
昨日C1に宿泊した山本隊長、松浦さん、加藤は今日朝6
時にC1を出発し、10時半にBCに下山しました。
これで日本人8名全員が無事にBCに集結しました。
みんな凍傷になることもなく、元気で五体満足です!
たくさんの応援、励ましのお言葉頂き、本当にありがと
うございました!上部キャンプに上がってからも、皆様
から届いたメッセージは志賀ドクターから無線でこちらに
伝わりました。それを聞くのが苦しい日々の終わりの楽し
みでした。
感謝、感謝です。

BCの空気はやはり濃く、空はどこまでも澄んで碧いです。
みんなが笑顔で包まれるこの瞬間が何もにも変えが
たい幸せです。「生きてるって素晴らしい!」と単純に
実感する時でもあります。
もう空気の薄さに喘ぐことからも、寒さに凍えることか
らも、雪崩に脅かされることからも解放されるというの
に、この寂しさはなんだんだろう。やはり山から逃れられそう
もなさそうです。

アタックの模様については、これまで沈黙を貫いていた
角谷ガイドからご報告があります。

特別寄稿
「エベレストアタックその壱」 角谷道弘

5月23日 20日にBCを出てから4日、毎日高度を上げ、つ
いにC4、サウスコルにたどり着いた。C2までは、前回の
高度順化で来ていたが、その上は私もお客様も未知の世
界。傾斜は急になり、ローツェフェースの硬い氷にアイ
ゼンをけり込み、酸素ボンベを担ぎ、マスクの中で喘ぎ
ながら一歩一歩登り続け、ようやく8000mまでたど
り着く。早速シェルパさんと一緒にテントを張って、転
がり込む。夕闇がすぐ迫り、他隊はアタックの準備をし
ているようだ。年々アタックの時間は、混雑を避けるた
め早くなっているようで、早い隊は、前日の夜7時ごろ
から、遅い隊でも前日9時には、ライトをつけて夜間登
山をしている。日本の夏山富士登山ではないんだから、
そんな早くでるのは、いいことは無いと、山本ガイドの
提案で、朝2時にでることにしていた。少しでも休まな
いとお客様の大事な体力が回復しない。また夜間の寒さ
でよけいに体力消耗し展望もないのは、疲れるだけだと
考えた。他隊の酸素ボンベをセットし、アイゼンを付け
る音を聞きながら、アラームを11時半にセットし、早々
にシュラフに入る。疲れているが、眠れない。何といっ
ても世界で一番高い所に行くのだ。ここまで、非常に苦
しい思いをして、拷問のような高度順化に耐え、サウス
コルまで来ていただいたお客様に、なんとしても1人で
も多くのお客さまに登っていただきたい。しかし、無事
に帰ってこなければならない。何時間かかるだろうか。
12時間、登り続けて大丈夫だろうか。途中で動けなくなっ
たらどうすればいいのか。降ろすのは不可能だ。同じ考
えが頭の中をぐるぐる回る。天気は大丈夫のようだ。友
人の気象会社の猪熊さんに感謝。いままでの予報確率は
最高。うつらうつらしているうちに隣で寝ているカミギャ
ルツエンシェルパが起き出して水を作ってくれる。時間
のようだ。気合を入れて準備をする。隣の藤森さんも元
気いっぱい。とても69歳とは思えないバイタリティだ。
いい天気の月夜だ。風もない。寒さも大したことは無い。
これは行ける!テントの外に出て確信した。朝2時少し
前、角谷、藤森さん、増田さん、松浦さん、加藤、シェ
ルパ2名で出発。満月を少し過ぎているが、明るい月光
が雪面を照らしている。フィックスロープを辿りながら
少しずつ高度を上げていく。後ろを振り返ると、ライト
の光が遅れている。松浦さんの調子が上がらないと加藤
から無線が入る。迷ってる時間はない。南峰までとも考
えてみるが、アタック隊を2つに分けるのはリスクが高
まり選択不可能。ゆっくりペースにすると頂上まで届か
ない。なにより出発前のアイゼン装着時のバランスの悪
いのを思い出した。順化がうまく行っていないのは明白
だ。非情だと思ったがC4に戻って頂く決断をした。今な
らサーダーと帰ってもらってサーダーも戻ってこれる。
甘さが命とりになっては取り返しがつかない。松浦さん
も同意して頂いた。ごめんなさい。すぐ気持ちを切り替
えて登り続ける。1分1秒でも惜しい。だんだん傾斜が強
まり、ユマールを握る手に力が入る。自分の荒い呼吸し
か聞こえない。突然ライトの端に人の足が浮かび上がる。
1996年のニュージーランド、ロブホール隊の遭難だとサー
ダーに教えてもらう。この高度では遺体をどうすること
もできない。心の中で手を合わせ登り続ける。だんだん
と周りが明るくなってくる。ヒマラヤ8000mの夜明
けは文章で書き表せないが、何回みてもドラマテッィク
だ。午前ん5時マカルー、ローツエが赤く染まっていく。
宇宙に近い夜明けだ。1度テルモスのお湯を飲み休憩し、
登り続け、8500mのバルコニーと呼ばれるコルに着
く。エベレストの頂上が遠くに見える。南峰から下って
くる下山パーティが列をなしている。大体半分登ってき
た。

明日に続く・・・

写真上から
一枚目 BCに集結!
二枚目 朝日に染まるローツェ(8516m)
三枚目 夜明けのヒマラヤ
四枚目 8200m付近
五枚目 8300m付近登行中

頂上付近の写真は明日(27日)の更新で!

明日シェルパ一人がC1に荷下げに向かいます。
それをもって全ての登山活動が終了します。
あともう少しだけこのブログにお付き合い下さい。

あーキーボードを打ちながら眠りそうです。
もうだめです。スイマセン。
皆々様に素敵な夜を。
おやすみなさい。

加藤

.

2008年5月25日 (日)

藤森さん、増田さん、角谷ガイドBCへ

 今朝は午前8時過ぎにC4を出発。お昼にはC3まで下り、
さらにC2まで下りました。
 昨日の疲れが残っている松浦さんは、無理せず、ガイド
山本、加
藤とそのままC2宿泊。明日早朝にBCへ向けて出ます。

 昨日めでたく登頂された藤森さん、増田さん、角谷ガ
イドは、どうしても今日BCまで頑張って帰りたい、との
ことで、16時ごろC1通過。かなり疲労も激しいようで、
20:30頃BC到着の予定。日が暮れた上にガスも出ており、
視界が悪いため、しんどそうです。でも、もうほぼ危険
地帯は通過したとのこと。とんかつ定食が待っています。
がんばれ〜!!

 お帰りになった藤森さん、増田さん情報を早速お届け
したいところですが、おそらく疲労のほどは一通りでは
ないと思われますので、写真や喜びの声などは、どうぞ
明日までお待ち下さい。あしからず。  (BC 志賀)

2008年5月24日 (土)

長かった1日を終えて

 速報につづいて、さっそく登頂祝賀のメッセージを多
数いただきまして、ありがとうございました。

 アタックチームは本日24日午前0時起床、行動開始。
午前2時にC4を出発しました。C4に到着したのが前日23
日の17時頃、テントで寛げたのは18時半過ぎでしたから、
酸素を吸いながらの睡眠とはいえ、8000m超の高度では、
2〜3時間ウトウトできたかどうか、ではなかったでしょ
うか。
 ともあれ、星空の下、ヘッドランプをつけてスタート。
歩き出して約1時間後、松浦さんが遅れがちになり、ペー
スについていけず、残念ながらリタイア。サーダーと共
にサウスコルまで引き返しました。
 他のメンバーは、順調な足取りで、途中渋滞にはまり
ながらも、速報でお伝えしたとおり、午後1:10頃、頂上
に到達しました。本日もあまり無線の感度が良くなく、
またアタックメンバーは酸素マスクをつけて、ゼーハー
歩行しながら…ですので、登山中の詳しい様子や頂上で
の模様は、こちらから聞くことができませんでした。
「登頂しました!」に続く角谷ガイドからのメッセージ
は、「頂上には他に人はいません。ガスのためほとんど
展望が得られません。少し休んでから慎重に下ります。」
というものでした。藤森さん、増田さんの生の喜びの声
がぜひ聞きたかったのですが…残念! またBCに帰って
こられてからのお楽しみ、ですね。というわけで、申し
訳ございませんが、アタック時の詳細レポートは、加藤
ヨシノルブがBC帰還するまでお待ち下さい。
 登頂メンバー6名は、サウスコル待機の松浦さん、シェ
ルパ1名とともに今夜はC4に宿泊し、明日、C2あるいは
可能ならC1まで下ります。登頂の喜びと充実感に浸りな
がら、とはいえ、今夜も8000m超の高所での睡眠。大変
苦しいと思います。でも、もうひと頑張りです。山本ガ
イドは本日C2ステイしており、明日早朝から上部へ向か
い、登頂隊と合流、お疲れのみなさんをサポートして一
緒に下ります。

 C1で2泊した舟橋さん、本日午後無事BCに帰着されま
した。疲労困憊でへろへろ…かと思いきや、さほどお疲
れの様子も見えず。雪目を患ってしまったため眼の痛み
はあるものの、他特に体調問題なし。帰るなり、コック、
マイラさんが作ってくれたトマトソースパスタを「ああ、
おいしい」とぺろりと平らげられました。夕食も「肉、
肉、肉ね!」とリクエストされ、全く食欲に翳りが見え
ません。あーあ、これでどうして登れなかったのかなぁ、っ
てつい思ってしまいます。無事戻ってこられて何よりだっ
たのですが。今晩は酸素の濃いBCで(といっても平地の
半分ですが。エベレスト頂上は平地の1/3です)ゆっく
りぐっすり眠ってください。

 つい先程(ネパール時間17:30)、アタックメンバー
が全員無事C4に帰り着いた、という報せが入りました。
もちろん疲れてはいるものの、特に体調異常なし。今日
は天気予報通り、暖かく風も無かったので、凍傷の心配
も全く無し、だそうです。松浦さんも酸素を吸って休養
をとっていたので、明日の行動には支障なさそうです。
夜の交信時には、皆様からの登頂祝福メッセージをBCか
ら届けたいと思います。何よりのねぎらいとなり、きっ
と疲れも吹っ飛ぶことでしょう。
 
       (BC 志賀)

速報!!! 増田さん、藤森さんエベレスト登頂

 速報です。やりました!!!
 本日5月24日、午後1:10頃(ネパール時間)、藤
森さん、増田さん、角谷ガイド、加藤、シェルパのフラ
チリ、アンタレの6名がエベレスト頂上に立ちました。
 詳細はまた改めて。これから少し休んだ後、6名はC4
まで下ります。 (BC志賀)

2008年5月23日 (金)

C4サウスコルにて出撃準備完了

 本日夕方、BCでは歓声や歌声がどこからか聞こえてき
ていました。きっと登頂成功したチームが今日下山して
きたので、お祝いをしているのでしょう。わが隊も3日
後の晩にはぜひ、BCで全員揃って大騒ぎしたいものです

 昨日C3に宿泊した隊員5名(藤森さん、松浦さん、増
田さん、角谷、加藤)は、早朝C2を出発して上がってき
た4名のシェルパと共に、午前9時C3を出発しました。天
気は晴れ。出発時の気温は-14℃。ダウンを着て歩いて
いる分には特に寒さは感じなかったそうです。今日のルー
ト、随分岩が露出していて登るのに苦労したそうです。
16-17時にC4到着。テントの設営などして、18:30頃よう
やくテント内に落ち着くことができました。角谷ガイド
もシェルパ達も、無線の声を聞く限りでは疲労困憊、と
いう感じだったとか。もう高度も8000mですから、疲れ
るのも当たり前ですね。…伝聞調で歯切れの悪い文章に
なってしまいましたが、というのも、C3、C4とBC間でほ
とんど無線がつながらず、すべてC1の山本ガイドの中継
による情報だからです。ブログに寄せていただいた激励
コメントも今日はいつものように直接C4へお送りするこ
とはできませんでしたが、お名前とかいつまんだ内容を
C1で中継してC4に伝えてもらいました。C4は現在、かな
り気合が入った状態、だそうです。

 明日はいよいよ登頂日。24日の午前0時に起床し、お
湯を沸かしたり身支度を整えたりして、C4出発は午前2
時の予定。日本人隊員5名とシェルパ2名(フラチリ、ア
ンタレ)が頂上を目指します。最新の詳細な天気予報に
よれば、サウスコル〜頂上はバッチリ晴れ! 風もさほ
ど強く吹く心配はなさそうです。登頂すれば、きっと素
晴らしい景色にめぐり合えるのでしょうね。


 C1周辺は本日降雪が激しかったため(BCから見てもC3
から見てもC1-2付近は雲の中でした)、舟橋さんと山本
ガイドは予定変更して本日もC1ステイ。明朝BCに下山し
ます。

         BC 志賀

 
 

メールサーバーがダウン?

留守本部です。

理由はわかりませんが、22日12:30(日本時間)から登山隊が利用しているメールサーバーがダウンしたようです。送信は問題なくでき、志賀先生からのレポートも送られてきました。受信ができないとのこと。23日08:00(日本時間)に設定をリセットしましたので、その間にいただいた多数のコメントは、今朝、まとめて登山隊へ再送しておきました。肝心なときにご迷惑をおかけしましたことお詫び申し上げます。

いよいよ24日、実際には今晩頂上へ向かいます。天気も回復するとの予報です。吉報を待ちましょう。

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